5.0
心臓をわしづかみ
森下先生の作品は、昭和59年発行のヤングジャンプ短編集「荒野のペンギン」で初めて拝見しました。そのかわいらしい絵柄からは想像もできない、人間の心理を深く追求する数々の作品に、まだ未成年の自分は、心臓を掴まれるような思いでいたことを記憶しています。/ 80年代後半「少年アシベ」が大ヒットし、アニメ化もされ、世間的には「ゴマちゃんのマンガの人」とのように脚光を浴びた先生でしたが、「この作家さんは、人間の心理を探る作品を描くのがすごい人なんだよ~」と、世間にむかって叫びたい気持ちでした。/ その後、徐々に、哲学的要素を含む作品を発表され、うれしく思っておりました。そして、実に、三十年を経て、本作を拝見することとなりました。/ 最初から、ぐいぐいと、引き込まれました。どうしようもなく、自分に価値を見出せない「チコちゃん」のもとに、突如現れた、謎の女性「トモちゃん」。彼女が、まさに幼児の世話をするように、チコちゃんを「人間」にしていく… / 作中から、車谷、ジュンユ、歯科医の先生、タクシー運転手の鯛造君と、徐々に脇役陣が充実し、トモちゃんの「荷」も、少しずつ下りてきて、聖母から友人へと変わっていきます。/ けして、人に大きな声でいえるものではないけど、確実に、世の中のだれかの役に立つ仕事をこなす、車谷と、チコちゃん。死を待つだけの病魔を抱えながら、予想以上の延命期間を、淡々と日々受け入れるジュンユ。どこかに深い悲しみを抱えた先生。それぞれの事情にも、少しずつ、切込みが入っていきます。/ 後半に進むにつれ、物語はどんどん哲学的になっていき、謎の老婆と幼少期の車谷の出会いの会話のシーンなどは「火の鳥」にも匹敵するほどの重厚さと感じました。/ 終盤では、チコちゃんの「口」を借りたかのようにして、神様が車谷に人生の何たるかを語り掛け、今後へと導いていくシーンは「これを実写化できないために、ドラマにならないの?」と思わせるほどに、次元を超えた重厚さに包まれています。/ 後半、ついに、トモちゃんの人生が明らかになるのですが、やや駆け足だった印象はあります… けして、完璧な聖母ではなかった、トモちゃん。その彼女にも、救いの手が述べられます。/ 周囲の子供が「ペンギン」を見た自分と同じ年齢になったら見せたい、森下先生の最高傑作です。
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