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作品レビュー
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1 - 10件目/全107件

  1. 評価:5.000 5.0

    血塗れの自意識

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    読んでいて気分のいい漫画ではなかったし、人に薦めようとも思わない。
    しかし、これほど壮絶な作品には、ほとんど出会ったことがなかった。

    半自伝的な漫画なのだと思う。
    イメージとして(浅野いにおはこういう形容を気に入らないかもしれないが)、私は太宰治を想起した。
    ちなみに私は、太宰が嫌いである。

    書けない作家の苦悩、というモチーフだと、私は「バートン・フィンク」という映画が大好きなのだが、あれは、コーエン兄弟が作家としての自意識をかなりオブラートというか、創作の衣に包んで提示した作品なのだろうと思う。
    作家はそれで正しいのだと私は思うし、私のそういう趣味みたいなものは、太宰を嫌う理由と無関係ではないと思う。
    だが、本作で浅野いにおがやったことは、その百倍あからさまで、激烈である。
    それは、自意識を作家性の中で表現する、というレベルの行為ではなく、血だらけになりながら紙面に自意識を塗りたくるような営みであったように思う。

    浅野いにおは、この漫画を描きたくて描いたわけではない気がする。
    描くべきだと思ったわけでもない気がする。
    ただ、描くしかなくて、描いたのではないか、と。
    私は、そんなふうに思った。

    ラスト近く、サイン会のシーンで、主人公の漫画に救われたと涙ながらに語る熱心なファンに対して、「君は何にもわかってない」と主人公は言う。
    これほど絶望的で、これほど美しいシーンをほとんど知らない。

    私は何となく、浅野いにおはこういう描き方をしない(ないし出来ない)作家だと思っていた。
    きっと私も、「何にもわかってない」読者の一人なのだろう。
    ただ、浅野いにおが本作で試みたことが、勇気などという言葉では表現できない、命がけの行為であったということだけは、わかっているつもりだ。
    だから、もう、それだけで。
    浅野いにおの試みが、成功したのか、失敗したのか。
    それは作家としての飛翔だったのか、墜落だったのか。
    その是非も価値も、私はもう、問わない。

    • 1
  2. 評価:5.000 5.0

    闘う君の唄を

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    死_刑囚となった連続殺_人犯の両親のもとに生まれた三人の姉弟のストーリー。

    まず、主人公たちの造形が素晴らしい。
    両親に殺_人の片棒を担がされた過去を持ち、普通の人生を送ることを諦めている長女。
    彼女が秘める静かな悲しみと強さは、可愛らしいけれどどこか悲しげに見える作画と相まって、切々と胸に迫る。
    一方、長女に守られながら育った次女は、両親の呪縛から逃れ、恋人と新しい家族を築きたいと夢見る。
    次女の明るさは長女と好対照だが、彼女もまた苦しみながら、自らの人生を生きようと必死でもがいている。
    両親の記憶がない長男は、二人の姉との間に自分が立ち入れない領域があることに不満を抱えつつ、俺の人生どうなっちゃうのかな、的に浮遊しているような位置づけだが、この少年のリアリティーも見事だと思う。

    そして、この三人が三人とも、絶対的に互いを愛している。
    自分たちが背負った十字架を確定的なものとして生きる長女は、結果的に二人を縛ってしまってもいるのだが、妹も弟も、「自分の人生」を切望しながら、結局「三人の人生」を捨てずに生きることを決めている。
    それが余計に切ない。

    長女につきまとう記者、あまりに人が出来すぎていて逆に怪しい次女の恋人、SNSで身分を偽って長男に接触する謎の人物など、作品を不穏に盛り上げるアイテムも実によく練られていて、作品の根幹はヘビーだが、サスペンスとしても非常に楽しめるものに仕上がっている点も見逃せない。

    罪という問題に関して、国と文化によっては、宗教が祈りと赦しのシステムとして機能するのだろうが、よくも悪くも、この国にそれはない。
    神なき国における親の犯罪と子が背負う十字架、加害者家族を巡るメディアの報道など、社会派的な一面も作品にはあるのだが、そういう難しい問題は抜きにしても、私はただただ、三人に幸せになってほしい、と願った。
    呪わしい運命を背負って懸命に生きる彼らの人生を、心の底から応援したいと思った。
    中島みゆきの「ファイト!」でも歌ってやりたいと思った。
    ていうか読みながら歌っていた。
    闘う君の唄を闘わない奴等が笑うだろう。
    冷たい水の中をふるえながらのぼってゆく三人を待つものが温かな祝福であることを、切に祈る。

    • 16
  3. 評価:5.000 5.0

    「これ系」の最高傑作

    ちょっと雑なカテゴリー化になるが、
    1.短編形式のオムニバスであり、
    2.登場人物が現実の枠を超えた奇妙な出来事を経験する、
    というタイプの漫画を、「世にも奇妙な物語系」と勝手に呼ぶことにする。

    古くは「笑うせえるすまん」とか「Y氏の隣人」、懐かしいジャンプのホラー枠で言えば「アウターゾーン」、個人的に好きな「走馬灯株式会社」なんかがこれに分類されるかと思う。
    何が言いたいって、掃いて捨てるほどあるそのような作品群の中で、過去に数々の名作も生まれてきたこのジャンルの中で、本作が最高傑作なのではないか、ということだ。

    この「世にも奇妙な物語系」には、話の「定型」が決まっているタイプが結構あって、例えば「笑うせえるすまん」であれば、喪黒福造に出会って「ドーン」とやられるのが「定型」だし、「走馬灯株式会社」であれば「自分の今までの人生を記録したDVDを見る」というのが「定型」になっている。
    本作の場合、「アンテン様」という神様に願い事をすることが「定型」なのだが、まずこの「定型」が、作品の装置として素晴らしい。
    設定自体はいたってシンプルで、「ひとつ得れば、ひとつ失う」という人生の鉄則みたいな感じなのだが、そこから生まれる制約や矛盾、得るものと失うもののバランスといったところから、哲学的な深みを感じさせつつ、しかもポップに物語を紡ぐ様は、芸術的ですらある。

    そして、明確な「定型」がありながらも、話のバリエーションの振れ幅は尋常ではなく、背筋が寒くなるようなホラーから、抒情的なハートフルストーリーまで、どこを切り取っても完成度が高く、隙がない。
    舞台設定も、現代から、戦後から、江戸時代あたりから、と多岐に渡るが、これは、アンテン様が「神」であればこそ可能な設定の自由度であり、また、アンテン様が長きに渡り、人間の本質を見つめ続けてきた、という重みも感じさせる。

    アンテン様、という「神様」のあり方は、何だかとても魅力的で、しっくりきた。
    私は基本的には無神論者だし、多くの日本人は本質的にそうだと思うが、こういう「神様」がすっと入ってくる読者は多いかと思われる。
    そういう意味では、実に日本的な作品でもある。

    私は、「私とワルツを」でボロボロ泣いてしまった。
    大人になってから、漫画でこれほど泣いたことは多分ない。

    • 16
  4. 評価:5.000 5.0

    みんなみんな可愛い

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    魔王に囚われた姫様が、秘密を吐かせるための様々な「拷_問」を受ける、というギャグ漫画。
    その「拷_問」がまあ実に緩くて、基本的には目の前で美味しそうな食べ物を見せられる、というものである。

    トーストとかたこ焼きとかカップラーメンとか、何でもないものがとても美味しそうに見える漫画である。
    ただ、読み始めたときは、このパターンの繰り返しだと早々に飽きが来そうだな、と思った。
    が、とんでもない、様々な工夫を凝らして、実に巧みにマンネリ化を回避している。
    食べ物以外の「拷_問」があったり、いわゆる「日常回」があったり(囚われの身なのに…)。
    基本線はワンパターンには違いないのだが、まるで飽きさせない。
    その点がまず、見事であった。

    ギャグ漫画としては、しょうもない設定がいちいち楽しくて癖になる。
    特に、子煩悩でモラルの高い「理想の上司」である魔王様の造形が素晴らしい。
    部下のミスを叱責するのではなく、どうフォローするかを考える。
    相手が敵であろうとも、人の善意を利用しない。
    娘の描いた絵を見て「くっくっく…上手」と言う。
    私は魔王様が大好きで、毎回毎回、「今回は魔王様出るかな」と楽しみでしょうがなかった。

    登場するキャラクターたちがみんな魅力的で、とにかく可愛い。
    姫様も魔王様も魔王様の娘も拷_問担当の「敵キャラ」たちも、あろうことか「聖剣」に至るまで、みんなみんな可愛い。

    絶対に誰も傷つかない甘くて優しいギャグ漫画であり、「かーわーいーいー」と私は知能指数の低いティーンエイジャーのような頭脳になって、この漫画を読み続けた。
    あー楽しかった。

    • 12
  5. 評価:5.000 5.0

    全霊で追う二兎

    評価の低さに半ば怒りを感じて力説したい。
    この漫画はもっと評価されなきゃおかしい。

    カルト宗教みたいなことをやっている殺_人一家に生まれた、漫画家志望のオタク少女。
    頭空っぽのハンサムな少年に恋をして、彼を事故から救ったことで、好意を持たれるのだが…という話。

    何が凄いって、ホラーとラブコメの両方に全霊で振り切っているところだ。

    別の漫画のレビューで、私は「オカルトをラブコメの道具にすんなや」という意味のことを書いた。
    ラブコメの「味つけ」にホラーを用いるなんて、邪道だ、破廉恥だ、と硬派なホラーファンの私は思ったのだ。

    また、基本線をホラーにする場合、原則、ラブコメの文脈は邪魔になる。
    ホラー映画だって、いちゃつく男女は真っ先に消されるでしょう?

    ところが本作は、そのどちらでもない。
    ホラー要素のあるラブコメでも、ラブコメ要素のあるホラーでもない。
    ホラーがラブコメを引き立て、ラブコメがホラーのインパクトを強化する。
    ガチガチのホラーであり、ベタベタのラブコメである。
    こんな作品、ないぞ。

    ラブコメ、ホラー、どちらの文脈に乗っかって読んでいても、不意に裏切られる。
    ディズニーランドの「イッツ・ア・スモール・ワールド」と富士急のお化け屋敷を行き来しているような異様な感覚、その独特のトリップ感は、他の作品では味わえない。

    まあ、評価されにくいのは、何となくわかる。
    要するに、ラブコメ、ホラー、どちらの読者層からもそっぽを向かれたのだろう。
    ラブコメファンがこんなものを支持するわけがないし、ホラーファンはホラーファンで「何か違う」と感じてしまうのだろう。

    二兎を追う者は、という。
    だが、そんなことは百も承知で、覚悟と愛情を持って二兎を全力で追う、私は本作をそういう作品だと思った。

    「死人の声をきくがよい」という漫画のレビューの中で、私はこの作者を、現代における犬木加奈子の後継者ではないか、と書いた。
    けど、はっきり言って、犬木加奈子ですら、こんな漫画は描けなかったと思う。

    • 13
  6. 評価:5.000 5.0

    パンドラの箱の底

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    (※レビュー訂正)

    大絶賛する気にはなれなかった。
    人に薦める気も起きなかった。
    ただ、心には、残った。

    私は本作を、基本的には「ドラえもん」へのアンチテーゼとして読んだ。
    タコピーのハッピー道具は主人公を何ひとつハッピーにせず、あろうことか「仲直りリボン」は首_吊りに使われ、「ハッピーカメラ」は撲殺の凶器になる。
    主人公の生活や、いじめっ子の家庭環境の描写も陰惨極まりなく、アンチテーゼを超えて「悪意あるパロディ」と言った方がしっくりくるほどだ。
    主人公の名前「しずか」だぞ、おいおい。

    ひとつは、時代かな、と思う。
    いささかネガティブな物言いになるが、「こんなこといいな、できたらいいな」の時代は、終わったのかもしれない。
    よくも悪くも、私たちは知ってしまった。
    人間が便利な道具でハッピーになれるわけではないことを。

    21世紀になってしばらく経って、人間は結構な「こんなこと」が出来るようになったのに、別に対して幸せになれてないじゃん、と。
    残酷ないじめも児童虐待も、戦争と疫病すら、なくなってないじゃん、と。

    主人公は、ハッピー道具に見向きもしない。
    単に「魔法」の存在を信じていないのではない。
    彼女がその身を浸しているのは、仮に魔法があるにせよ、それが自分を幸せにしてくれることはない、という諦観だ。
    彼女の姿は、テクノロジーがもたらすキラキラの未来からはとっくに拒絶された私たちの姿、そのものなのだと思う。

    そしていつの時代も、一番傷ついて生きるのは子どもたちだ。
    子どもには傷つく権利があり、その能力もあるからだ。

    それはそうなんだけど。

    わざわざ作品にする必要、あるのか?
    ずっとそう思いながら、読み続けた。

    でも、最後まで読んで、印象が変わった。
    これはもしかすると、現代を生きる子どもたちへの応援歌なんじゃないか、と。

    現実はこんなに上手くはいかない。
    その批判はわかる。
    「対話」なんてものに大した力はない。
    それもわかる。
    私もそう思う。

    しかし、かつてドラえもんが提示した希望を完全に否定しながらも、本作はきっと、希望を持つこと自体は、捨てられなかったのだろう。
    ドラえもんの否定というパンドラの箱の底に残っていたのが、「伝え合う以外にない」ということだったのだろう。
    その希望の是非はともかく、その希望の見出し方は、私は嫌いではなかった。

    • 24
  7. 評価:5.000 5.0

    全ての先達を過去にする

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    凄すぎる。
    どんな賛辞も追いつかないくらい、凄すぎる。

    まず、冒頭のシーンから思った。
    「これ、映画だ」と。
    カット(漫画で言えばコマ、ということになるが)のひとつひとつが端正で美しく、それにいたく感心した。
    物語の内容以前にこのカットの飛び抜けた技術が、作品を根本で支えている。

    ストーリーの骨子は、タイムリープと「寄生獣」的な入れ替わり、いずれも決して目新しいものではないのだが、圧倒的な完成度が、全ての類似作品を単なる過去にしている。
    「ループものは腐るほどあったかもしれないけど、これより面白いループもの、あった?」とでも言わんばかりの勢いである。
    こちらとしては、「いいえ、ありませんでした、すみませんでした!」と言うしかない。

    とにかく巧妙に計算され尽くした作品で、ループの設定ひとつとっても、抜群に上手い。
    「ループもの」の弱点のひとつは、主人公(たち)が死んでも「どうせループしたら生き返りますんやろ」という緊張感の欠如なのだが、「ループして戻る地点の時間が徐々に遅くなる」というシンプルな仕掛けで、ループものの宿命を完璧に回避しつつ、見事な緊迫感を生んでいる。
    こんなのは一例に過ぎず、全編に渡って、魅力的なギミックが満ち溢れている。

    ストーリーの作り込みの緻密さも尋常ではなく、マジで作者の頭の中どうなってんだ、というレベルである。
    ただ、謎があまりに重層的であるが故に、読者としては「わからない」という状態がかなり長く続く。
    作品に隠された真意やメッセージがわからない、ということではなく、真相や黒幕がわからない、ということですらなく、ただただ、今何が起きているのかが、圧倒的にわからない。
    何が凄いって、「わからないのに滅法面白い」ということだ。
    張り巡らされた膨大な伏線を綺麗に回収し、ちゃんと「わかる」ところに着地させるのも大したものだが、むしろ「わからない」道中において圧倒的に楽しませてしまう技量、力量に舌を巻いた。

    ストーリー的にも、画としても、毎回毎回見せ場がある、というか後半なんてもう、見せ場しかない。

    これ、連載で読まなくてよかったー。
    一週間待ちきれなくて、多大なストレスになっていたと思う。

    いやー参った。
    本当に参った。
    こんなに凄い漫画、そうあるものではない。

    • 23
  8. 評価:5.000 5.0

    現在進行形の最高形/600本記念

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    まず、作画のレベルがとんでもない。
    まさしく大胆かつ繊細、という感じで、細やかで可愛らしくてカッコよくて迫力満点、抜群にポップであって、1コマで勝負できる芸術的な構図を連発するその圧倒的な画力は、少年漫画のひとつの理想形ではないかと思う。
    こんなに凄い画をほとんど見たことがない。
    週刊連載だろ?
    何だよこれ。

    バトルシーンは「ジョジョ」からの如実な影響を受けつつ、パリッとオリジナリティーもあって、こういうのを正当な「リスペクト」と呼ぶのだろう、と心から思った。
    最初のバトルシーンでは、唐突な「ジョジョ風」の表出に笑いながらも、そのあまりの素晴らしさに鳥肌が立った。
    いい大人が少年漫画でそんな体験、なかなか出来るものではない。

    題材は一応オカルトなのだが、正直、オカルト愛に溢れる、という感じではなく、あくまでモチーフとして器用に利用している印象ではある。
    偏屈なオカルト好きの私としては、そういうオカルトの扱い方というのはいかがなものか、という性格の悪いことを普段なら言うのだが、漫画としての技量が凄すぎて、どうでもよくなった。
    参りました。

    また、ターボババアやアクロバティックさらさらや邪視などの現代妖怪に付与された独自のバックグラウンドも絶妙で、それが作品に深みとアクセントを与えている。
    これが日本のクラシックな妖怪だと、勝手な後づけは反則感が強くなるが、現代妖怪に照準を合わせたのが巧妙である。
    アクロバティックさらさらの唐突な過去シーンには胸が熱くなった。

    笑いあり、涙あり、全てが高水準で、嗚呼、読んでいて本当に幸せだった。
    私は完全に別世界に連れ去られ、その世界においては、ただの少年でしかなかった。
    私と漫画だけが、その世界にはあった。
    遠い昔だ、そんなふうに漫画を読んでいたのは。
    二度とないだろうと思っていた。
    現在進行形の少年漫画でそんな体験を再び持てたことが、私は心の底から嬉しかった。
    ありがとうございました。

    あ、忘れてたけど、これ、ラブコメだ。
    何だそれ。
    もう、色々と凄すぎる。

    • 19
  9. 評価:5.000 5.0

    突出した奇異なバランス

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    とても素晴らしい作品集だと思ったのだが、上手く言葉を探せなかった。
    ここまで言葉が出てこないことは珍しい。
    私は自らの言葉の乏しさに久しぶりに失望した。
    何なんだろう、これは。

    多分、突出しているのは、バランスなのだと思う。
    登場人物(特に女性)の切実な感情や、繊細な揺れといったものを、決して重くならない中で、かといって軽々しくでもなく、あくまでゆるく、ふわっと、スライムのような質感で描く、という絶妙なバランス。

    本当はもっと「笑えない」類のシリアスな物事が、SFだったり、巨大ヒーローだったり、UMAだったりによってある種のパロディ的な方向に緩和されているが、ポップな中で、核となる生傷の痛みのようなものは鮮やかに息づいたままである、という奇異なバランス。

    天秤の両方に同じものを載せてつり合っている、という種類のバランスではなく、小さな金塊と巨大な綿あめでもってつり合わせているような、その独特のバランスが凄い。

    そういったバランスが多分に、論理的にでも計算づくでもなく、感覚的に積み上げられていて、いささか差別的な言い方になるが、実に女性的な漫画だと思った。
    「枕草子」が当時、女性にしか書けなかったように、こういう漫画というのはおそらく、男性にはなかなか描けない。
    その感覚的な部分というのは、本質的には言語化と相容れないものであって、私なんかの言葉が追いつかないのも、それと無関係ではないと思われる。

    私はとにかく「ツチノコ捕獲大作戦!」が大好きで、何度も何度も読み返した。
    それは多分、これが「したたかな女の子と情けない男の子」、両方の本質を鋭敏に貫いた話だったからだろう。
    幻想を見るのも夢に破れるのもいつも男の方よね、というひとつの本質を、あり得ないくらい的確に、これ以上ないくらいミニマルに、悲劇と喜劇の完璧なバランスの上で成立させた、離れ業的な傑作である。
    これ以上に素晴らしい短編漫画のラストシーンを、他にほとんど知らない。

    • 3
  10. 評価:5.000 5.0

    実を結ばないその花は

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    たまらなく悲しいけれど、心を洗われた。
    そんな読書体験は、なかなかあるものではない。

    まず、序盤から中盤にかけては、事件を巡る登場人物たちの証言と人物像がそれぞれ食い違い(特に被害者の恋人のキャラクターが、被害者の言と主人公の言で全く違う)、このあたり、サスペンスとして非常にスリリングで、抜群に面白かった。
    これは現代版&漫画版、芥川龍之介の「藪の中」だと思って、ワクワクした。
    何しろ芥川の「藪の中」は本当に真相が「藪の中」という作品だが、さすがに本作がそんな結末を迎えるとは思えず、着地点がどこになるのかな、と。

    後半、物語が「藪」を抜けてからは、事件の全貌がゆっくりと見えてくる。
    主人公の意図が明らかになり、「何があったのか」と「何が起きようとしているのか」がバランスよくシンクロしてゆく中で、物語は様式美すら漂うくらい綺麗に、しかし、悲しみに満ちた終幕へと向かってゆく。

    はっきり言って、主人公の「行動」には、リアリティーもクソもない。
    しかし、その執念、その情念、そして、ある特別な時代にしか持ち得ない友への強烈な思慕、そのリアリティーは、あまりに鮮烈で痛切で、「出来事」の噓臭さなんて吹き飛んでしまった。
    こういうのが、フィクションの真の力なのだと私は思う。

    タイトルの「徒花」という言葉は、咲いても実を結ばずに散る花を示す。
    何てことだ、タイトルからして伏線だ。
    しかし、実のところ本作は、咲いても実らなかった、ではなくて、実らなかったけれど、確かに咲いたよね、という物語ではなかったか。
    それは、主人公の「これでいい」という言葉と完璧に呼応する。

    エピローグのラストシーンが、信じられないほど素晴らしい。
    もちろん、見事な作画が前提にあってのことなのだが、このラストは、小説でも映画でもなく、漫画でなければ駄目な気がした。
    子どもを守ろうとしなかった大人、子どもを守れなかった大人、そして、子どもを守れなかった子ども。
    誰一人許されないようなもの悲しい世界の真ん中で、このラストシーンにだけ、唯一、本物の赦しがある。
    それはほとんど奇跡と言って差し支えないほどに、ただ静謐に、それでいて気が狂ったように、あまりにも美しい。

    • 303
全ての内容:★★★★★ 1 - 10件目/全107件

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